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大阪高等裁判所 昭和52年(う)238号 判決

本籍

奈良県御所市大字本馬一一三番地

住居

大阪市都島区高倉町三丁目八番一六号

会社役員

小槻泰久

大正一四年一一月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年一二月九日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 滝本勝 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書、その訂正書および再訂正書のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

趣旨は、要するに、原判決が認定した被告人の昭和四四年分および同四五年分の各所得金額の算定基礎となった修正損益計算書二通(原判決末尾に添付するもの)の各勘定科目のうち、(1)利息割引料収入(2)貸倒損失(3)減価償却につき、事実誤認を主張するものである。以下所論にかんがみ記録を調査し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌しながら順次考察することとする。

利息割引料収入につき所論は、原判決は被告人が北木工株式会社から取得した分の利率を日歩五銭と認定しているが、同社との利率の約定は通常の場合月一歩(日歩換算三銭三厘)、短期の場合月一歩五厘(日歩換算五銭)であったから、その数値の上限である日歩五銭を採用して推計する前記認定は合理的ではなく、右二個の利率を単純平均した日歩四銭一厘五毛の利率により推計すべきであるから、昭和四四年分の利息割引料収入を金六三六、五〇〇円より金五二八、二九五円に、同四五年分の利息割引料収入を金九八二、八〇〇円より金八一五、七二四円にそれぞれ減額するのが相当である。また原判決は被告人が成光住建株式会社から取得した利息割引料収入につき原判決挙示の関係各証拠、特に田那辺道男作成の昭和四七年一月二七日付確認書によってこれを認定しているようであるが、同確認書は河上他代査察官が作成した右田那辺に浄書させ、その内容についてもわからないまま肯定したり返答したりした部分があって証明力に乏しく、正確な収入金額は被告人作成の昭和五二年一〇月一四日付供述書添付の第一表(昭和四四年分)および第二表(同四五年分)掲記のとおりであるから、昭和四四年分の利息割引料収入を金一、〇九九、一〇〇円に、昭和四五年分の利息割引料収入を金五、七四三、二〇〇円にそれぞれ減額すべきであるというのである。

しかしながら、原判決挙示の各証拠によれば、被告人が原判示第一および第二の各事業年度において、北木工株式会社および成光住建株式会社から取得した利息割引料収入が原判示認定のとおりであることを優に肯認することができ、記録を精査しても原判決には所論のような事実認定上の過誤は見当らない。

すなわち、右各証拠、特に原審第一一回および第一五回公判調書中、証人神谷和美の供述部分、原審第八回公判調書中、証人安田望の供述部分、被告人の検察官に対する昭和四七年九月二九日付供述調書を総合し、これらの証拠と神谷利夫の検察官に対する供述調書および押収してある元張四冊(北木工株式会社のもの、大阪高裁五二年押第一五三号の一ないし四)とを対照検討すれば、被告人が前記各事業年度において北木工株式会社に貸付けた金員に対する利息(割引料)の約定利率は少くとも平均して日歩五銭と推認するのが相当であり、これに反しその利率の殆どは日歩金三銭三厘ないし、五銭であった旨の被告人の大蔵事務官に対する昭和四七年二月一三日付質問てん末書の記載、原審第六回公判調書中、証人神谷利夫の供述部分、原審および当審における被告人の各供述は、前掲各証拠と対比しかつ被告人が北木工株式会社の代表取締役神谷利夫や同社に勤務していた経理担当者安田望らと相談して、同社の元帳を改ざんして虚偽の約定利率(日歩三銭)に修正させ、その利率を記載した確認書(神谷利夫名義のもの)を国税局に提出させたり、その旨口裏を合わせるなど証拠隠滅工作に及んでいることなどに徴し、たやすく措信し難い。また、被告人の検察官に対する昭和四七年九月二九日付供述調書によると、被告人の成光住建株式会社に対する貸付金の約定利率は日歩七、八銭から一〇銭のものが多く、短期のものは日歩一五銭位のものもあったことが認められ、原審第四回公判調書中、証人田那辺道男の供述部分も右認定事実とおおむね符合し、これらの事実関係に加え、同人作成の昭和四七年一月二七日付確認書を総合すると、前掲各事業年度内において被告人が成光住建株式会社から取得した利息割引料収入が原判示のとおりであることを是認することができる。もっとも、右の確認書は、田那辺道男がその取調に当った大蔵事務官河上他代の協力を得て約一週間にわたって整理を遂げ、出来上ったものであることが原審証人田那辺道男の前記供述部分により推認できるが、記録を検討しても右確認書の記載の全部又は一部が当該取調官により殊更作為されたような証跡は見当らず、同確認書の記載内容を通観すると、不分明な個所はその旨金額を特定して不明である旨明記され、利息支払額欄の該当金額には遂一、具体的明確な説明がなされて特段の矛盾点もないこと、前記証人田那辺道男は、原審第四回公判において右確認書に関する検察官の「四五年六月一五日に利息支払額一二〇万円、八月二三日に利息支払額一〇〇万円となっている金額が、実はこの記載どおりではなく別の金額だということはここでいえるわけですか」という質問に対し、「それはいえません」と明確に否定していることなどに徴しても、右確認書は被告人と田那辺道男(成光住建株式会社)間において同書備考欄記載のような金員授受の事実を正確に記載したものと認められ、これに依拠し、同確認書掲記の利息支払額のうち、協力預金の謝礼金と認められる昭和四五年七月二三日の金六二万円、同年一〇月二三日の金六二万円および、昭和四六年分の前受利息と認められる同年一二月一〇日の金四七万円を控除した金八、一七五、六〇〇円の利息割引料収入を認めたものと解される原審判断は正当であり、当審における事実取調の経過、内容に照らしても、右の点に関し被告人の供述する利息割引料収入には的確な裏付資料に乏しいばかりでなく、その供述自体曖昧で不明確な個所があるから、原審の右認定判断を左右するに足りないものといわねばならない。

貸倒損失について所論は、原審で取調べがなされた約束手形一九通(大阪高裁五二年押一五三号の二二ないし四〇)は、いずれも被告人がダイモク工業株式会社(代表取締役虻川正名)から割引依頼をうけこれを所持していたところ、各支払期日にその振出人および裏書人が倒産もしくは所在不明のため、当該債権の取立が不能となったから、被告人は虻川正名よりその都度極めて少額の内入弁済を受け、残債権を放棄し、その旨手形間に記載して同人に返還していたものであり、これらが貸倒損失と認定されるのは当然であり、昭和四四年分の貸倒損失として金二、〇四〇、〇〇〇円、((前記約束手形四通(符号二二ないし二五)の残債権放棄分の合算額))、昭和四五年分の貸倒損失として金三一、二五一、〇〇〇円、((前記約束手形一五通(符号二六ないし四〇)の残債権放棄分の合算額))、をそれぞれ加算すべきであるというのである。

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によると、本件貸倒損失は原判決が該容した限度でこれを是認するのが相当であり、記載を精査しても原判決には事実認定上の過認は見当らない。もっとも、所論の約束手形一九通(前回押号の二二ないし四〇)の券面上にはペン書で内入弁済額と残債権放棄額を併記または債権放棄額のみを記入してある個所に被告人の記名捺印又は指印が存すること、この内容を例示すると、符号二二号の手形には「金四五、〇〇〇円を内入弁済し残債権五二〇、〇〇〇円を放棄した」、符号二三号の手形には「金二〇、〇〇〇円を内入弁済し残債権四八〇、〇〇〇円を放棄した」、符号二四号の手形には「金五、〇〇〇円を内入弁済し残債権四九〇、〇〇〇円を放棄した」、符号二五号の手形には「金一〇、〇〇〇円を内入弁済し残債権五五〇、〇〇〇円を放棄した」旨の記載(その余は省略)が存することは、それぞれ所論指摘のとおりであるが、被告人の検察官に対する昭和四七年九月二六日付、同年一一月一六日付各供述調書によると、右各手形に債権放棄の文言が付記されたのは、虻川正名の要請によるものであり、その意味内容は当該振出人に対する手形上の権利を行使しないというに止まり、虻川正名(ダイモク工業株式会社)に対する右各手形金に相当する貸金債権を放棄したものではないこと、被告人は右債権の存在を前提として本件各事業年度の翌年である、昭和四六年以降においても取立を継続し、現実に相当額の内入弁済を受けたことが認められる。しかるに被告人は本件公判段階において所論に添い前掲各手形券面上の表示をもって、虻川正名に対する債権を放棄した証左である趣旨の弁解をし、原審第八回および第一〇回各公判調書中、証人虻川正名の各供述部分および同人の弁護士大槻龍馬に対する供述調書には、右弁解に添う供述記載が存するけれども、被告人の前掲各供述調書特に同調書中、「ただ現在(昭和四七年九月二七日の取調をうけた時点の意)の状態では訴訟をしても取れるだけの財産が虻川にないようです。もし今後回収出来ないと云うことがはっきり判れば、私もあきらめて最悪の場合は放棄しなければ仕方がないのではないかと考えております」旨の供述記載部分、前掲各手形は一部を除き手形金の内入弁済があった旨表示されているものの、その弁済額は当該手形金からみて比較にならないほど僅少なものであり、金融業者である被告人をして、直ちに無条件で残余の債権放棄を決意させるほどの内入弁済とは認め難く、被告人において前認定のように事後においても取立交渉に及んでいること、前記虻川正名の供述には本件捜査段階以降かなり変容が認められ、その供述には一貫性がなく、曖昧な部分が存することなどに徴し、被告人の前記弁解および虻川正名の証言ならびに供述記載部分はたやすく信用することができない。従って、前記約束手形一九通の額面金に相当する残債権は未だ本件各事業年度の貸倒損失として、確定していたものとは認められない。

減価償却費について所論は、原判決は次に掲げる減価償却対象物件の取得価格の認定を誤った結果、減価償却費の金額を誤認している。すなわち(一)大阪市浪速区稲荷町二丁目九六五番地の四家屋番号五〇八の軽量鉄骨スレート葺二階建店舗および事務所兼倉庫三九二・八八平方米の取得価格についての原審認定額は金七〇〇万円であるが、原審で取調べられた領収証四通(大阪高裁昭和五二年押第一五三号の五ないし八)の合計金額一、四五〇万円が真実の取得価格である。(二)大阪市浪速区稲荷町九六五番地の六家屋番号四九七の木造スレート葺平家建倉庫兼工場一九五平方米の取得価格についての原審認定額は金一七〇万円であるが、原審で取調べられた領収証四通(前同押号の九ないし一二)の合計金額一、〇〇〇万円(改造・補強・合掌組替工事)と本体取得時の売買代金四五〇万円を合算した金額一、四五〇万円が真実の取得価格である。(三)大阪市東住吉区駒川町二丁目二四番地の五家屋番号一二三の五の木造瓦葺二階建店舗兼居宅一一四・六五平方米の取得価格についての原審認定額は金二四〇万円であるが、原審で取調べられた領収証二通(前同押号の一三および一四)の合計金額二三五万円(改造工事増築工事)と本体取得時の売買代金二五〇万円を合算した金額四八五万円が真実の取得価格である。(四)大阪市西区南堀江通二丁目二七番地(未登記)の軽量鉄骨造亜鉛鋼板葺平家建工場二〇〇・〇八平方米の取得価格についての原審認定額は金四五〇万円である。原審で取調べられた領収証三通(前同押号の一五ないし一七)の合計金額九三二万円が真実の取得価格である。(五)大阪市西区西堀江通二丁目二八番地家屋番号二八の木造瓦葺二階建店舗兼居宅一一二・九九平方米の取得価格についての原審認定額は金一六八万円であるが、原審で調べられた領収証三通(前同押号の一八ないし二〇)の合計金額三四五万円(改造・内装工事)と本体取得時の売買代金一三〇万円を合算した金額四七五万円が真実の取得価格である。以上のとおりであるから、昭和四四年分の減価償却費を金二、四三二、三四〇円、昭和四五年分の減価償却費も右同額と認定されるべきであるというのである。

しかしながら原判決挙示の関係各証拠特に被告人の大蔵事務官に対する昭和四七年二月八日付質問てん末書および被告人の検察官に対する同年一〇月二六日付供述調書によると所論の(一)ないし(五)の減価償却対象物件の取得価格は原判示認定のとおりであることがそれぞれ認められる。所論は原審で取調べた領収証一六通(大阪高裁五二年押第一五三号の五ないし二〇)などによりその取得価格を立証しようとするものであるが、右領収証の各作成名義人である神谷利夫の検察官に対する供述調書および同人の大蔵事務官に対する質問てん末書によると、国税局による本件査察が開始されたのち被告人は北木工株式会社の関係者である神谷利夫らに対し証拠を隠滅するように働きかけ、その一環として、大阪市西区南堀江の建物を五〇〇万円位また稲荷町の建物は一、〇〇〇万円位で建築したものであるように国税局に嘘を言って欲しいという依頼をしたこと、しかし実際には北木工株式会社が被告人から請負ったのは右稲荷町の軽量鉄骨二階建の建物の建築工事のうち、基礎工事、鉄骨組立およびスラブ工事だけで当該請負代金は約二〇〇万円位に過ぎず、右建物の屋根葺、壁面工事および内装工事は別の業者が施こしたこと、また神谷利夫は被告人から白紙の領収証用紙(会社印を押したもの)の交付を要求されてやむなく受諾し、同用紙六、七枚を手渡したこと、被告人は右用紙に貼付するため、古い印紙を準備していたことがそれぞれ認められ、これらの事実関係に徴すると被告人は右査察後種々の証拠隠滅工作を画策したことが窺われ、前記領収証一六通の作成名義がすべて北木工株式会社のものであることと相俟ち、前記減価償却対象物件の取得価格を高くするため右各領収証を作為した疑いが濃厚に認められ、これらの領収証およびこれを補強するため原審および当審で弁護人から提出された各証拠ならびに被告人の供述内容を斟酌検討しても、原判示認定の取得価格を左右するに足りないものといわねばならない。被告人は、前掲の質問てん末書において前記各物件の取得価格を詳細に供述し、その後検察官の面前で右金額を訂正補充する機会が十分与えられたか、その取調(被告人の検察官に対する前記供述調書)に際し大阪市西区堀江通二丁目所在の木造二階建家屋(所論(五)の物件)につき詳細な理由を付して供述の訂正をしながらその余の物件の取得価格については従来の供述を維持しているのであって、昭和三四年に貸金業の届出を了してそのころから多年にわたり個人で金融業を営みかつ原判示冒頭掲記のように監査役の職務に従事し記帳計理事務にも精通している被告人が、所得税額算定の基礎となる減価償却費の多寡がその取得価格により決定されることを知りながら述べた右捜査段階における前記取得金額についての供述内容はその信用性を具備するものと認められ、所論(一)ないし(五)の各物件の取得価格が被告人の捜査段階での供述にあらわれた金額とあまりにも著しい差異のある領収証掲記の各取得金額は、たやすく信用できない。

従って、前記(1)ないし(3)の各勘定科目についての原判示認定はすべて正当であり、所論のような違法がないことに帰着するから、論旨はいずれも理由がない。

(なお、原判決は、原審の訴訟費用(原審証人虻川正名、同南泰吉に支給した分)の負担につき、主文および理由において何ら触れていないから、右訴訟費用を負担させない趣旨と解されるところ、その法令の適用において刑事訴訟法一八一条一項但書を掲げていない過誤があるけれども、その判決に影響を及ぼさないものと認める。)

控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

所論にかんがみ記録に徴して原判決の量刑の当否につき検討するのに、本件は金融業を営む被告人が架空名義でいわゆる協力預金の謝礼金を受領したり、利息割引料収入などを得たうえ、架空名義で収入金を順次蓄積し、所得を秘匿した過少申告脱税事犯であり、その手口態様は計画的、巧妙に仕組まれた悪質なものであり、その脱税額も多額で脱税率も極めて高いこと、被告人自ら犯行後、悪質な証拠隠滅工作に及んでいること、のほか、その罪質および社会的影響の重大性に鑑み、その犯情は重く、被告人が原判示第一および第二の各事業年度の所得更正により国税、地方税を合算して金一四二、九四二、三九〇円を完納していること、被告人には前科がないことおよび被告人の反省状況と健康状態ならびに弁護人の量刑上の見解など所論指摘の被告人に有利な情状を十分斟酌しても、被告人に懲役一年(その刑執行猶予三年)および罰金一、八〇〇万円を科した原判決の量刑が重過ぎるものとは認められない。論旨もまた理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田修 裁判官 大西一夫 裁判官 龍岡資晃)

昭和五二年(う)第二三八号

○ 控訴趣意書

所得税法違反 被告人 小槻泰久

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和五一年一二月九日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、控訴を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五二年四月二八日

弁護人弁護士 大槻龍馬

大阪高等裁判所第二刑事部 御中

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。

(刑訴法三八二条)

一、原判決は罪となるべき事実として

被告人は、大阪市都島区高倉町三丁目八番一六号において金融業を営むかたわら、同市北区角田町九番地所在寿興業株式会社および同区曽根崎新地二丁目四六番地所在大西商事株式会社の監査役をしているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一、昭和四四年分の所得金額が九、七二六、九一一円で、これに対する所得税額が三、五〇四、五〇〇円であるのにかかわらず、いわゆる協力預金に対する謝礼金・貸付金に対する利息および手形割引料などの収入を氏名を秘匿して取得し、これらの収入金を架空名義の預金口座に預け入れるなどの行為により右所得金額中八、六六〇、九一一円を秘匿したうえ、昭和四五年二月二一日大阪市旭区所在旭税務署において同税務署長に対し、同年分の所得金額が一、〇六六、〇〇〇円でこれに対する所得税額が一九、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税三、四七二、八〇〇円を免れ、

第二、昭和四五年分の所得金額が一一二、八一六、七三七円でこれに対する所得税額が七二、六二〇、〇〇〇円であるにかかわらず、前同様の行為により右所得金額中一一二、〇三〇、九三七円を秘匿したうえ、昭和四六年二月一七日前記旭税務署において同税務署長に対し、同年分の所得金額が七八五、〇〇〇円でこれに対する所得税額が赤字(還付)一四、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税七二、六二〇、〇〇〇円を免れ

たものである。

との事実を認定し、右認定の証拠として

判示全部につき

一、第一回公判調書中の被告人の供述部分

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する九月二〇日付供述調書

判示第一・第二につき

一、被告人の検察官に対する各供述調書

一、被告人の大蔵事務官に対する各供述調書(質問顛末書の誤記と考える)

一、藤井邦彦、荒木静、南泰吉、楠田虎治、丸田実、丸山一夫、多田隆、吉村明、喜多俊男、菊田明展(昭和四六年七月二八日付)、大西熊吉、桑原セツ子、白川正一、宇原益男、瓜生徳次郎の大蔵事務官に対する各質問顛末書

一、南泰吉、菊田富蔵(但し二項を除く)、丸山実、荒木博、多田隆、大西熊吉、喜多俊男、宇原益男、金森末広、岡田博、高庄ミツエの検察官に対する各供述調書

一、荒木博、藤原清美、三和銀行堂島支店、同銀行姫路支店、在田農業協同組合、福徳相互銀行塚本支店、同銀行姫路支店、菊田明展、三栄相互銀行大阪支店、褒徳信用組合茨木支店、三栄相互銀行大阪支店、田那辺道男(昭和四七年一月二七日付)作成の各確認書

一、嵯峨根耕三、井上高明、大塚鯉喜男、北尾初恵、金森末広、岡田博、植田豊男の各供述書

一、福徳相互銀行塚本支店、瓜生徳次郎の上申書

一、褒徳信用組合十三支店、十三信用金庫十三東支店、三和銀行十三支店、福徳相互銀行塚本支店、褒徳信用組合茨木支店、長崎相互銀行福岡支店、西日本相互銀行那の川支店、親和銀行大名支店、筑紫中央信用組合春日原支店、金森末広、三栄相互銀行大阪支店、福徳相互銀行千林支店、神戸銀行梅田支店、尾本勝信、片山達雄、吉井産業株式会社、重田力、吉岡新次郎の国税局に対する各照会回答書

一、国税査察官河上他代作成の各調査報告書

一、国税査察官河上他代作成の調査書および調査顛末書

一、検事本井甫作成昭和四七年一〇月三〇日付特別捜査部長宛報告書

一、第六回公判調書中の証人神谷利夫の供述部分

一、第八回公判調書中の証人安田望の供述部分

一、第一一回および第一五回公判調書中の証人神谷和美の各供述部分

一、第一六回公判調書中の証人南泰吉の供述部分

一、押収してある手帳一冊(昭和四九年押第五四八号の四三)

判示第一につき

一、旭税務署長作成の証明書(昭和四四年分所得税申告書写の分)

一、五十棲千鶴子、原久孝の大蔵事務官に対する各質問顛末書

一、土橋忠一作成の大蔵事務官宛の確認書

判示第二につき

一、旭税務署長作成の証明書(昭和四五年分所得税申告書写の分)

一、福徳相互銀行千林支店、赤間正昭作成の各確認書

一、白川正一、菊田明展(昭和四七年二月四日付)の大蔵事務官に対する各質問顛末書

一、徳永信道、植田隆、長野時保の国税局に対する各照会回答書

一、和解調書(大阪高裁第一民事部)写

一、植田豊男作成の各供述書

を掲記している。

しかしながら、原判決の判示第一・第二の各事実につき

1 利息割引料収入

2 貸倒損失金

3 不動産所得における減価償却費

の諸点において経験法則に反して誤った証拠の価値判断をなし、或いは法令り解釈を誤り、よって事実を誤認したものである。

以下その理由を述べる。

二、利息割引料収入

1 判示第一関係(昭和四四年分)

(一) 原審における検察官主張額、弁護人主張額及び原判決認定額を比較すると次の表のとおりである。

なお、原判決が別紙として添付している貸金利息収入計算書には貸付先の表示が欠けているが、その記載内容から北木工(株)のものと推定して次の表を作ってみた。

検察官主張額 弁護人主張額 原判決認定額

北木工(株) 一、二七〇、七〇〇円 三三八、八一〇円 六三六、五〇〇円

成光住建(株) 二、〇一九、一〇〇円 一、〇九九、一〇〇円 二、〇一九、一〇〇円

その他 一、〇八一、三二三円 一、〇八一、三二三円 一、〇八一、三二三円

合計 四、三七一、一二三円 二、五一九、二三三円 三、七三六、九二三円

(二) 原判決は、右のとおり検察官主張額のうち北木工(株)からの利息割引料収入について日歩五銭まで減額したにとどまり、また成光住建(株)からの利息割引料収入についてはそのままこれを認容した。

しかしながら、右認定はいずれも誤っている。

(三) 北木工(株)からの利息割引料収入について

原判決が北木工(株)からの利息割引料収入が検察官主張の一、二七〇、七〇〇円と認めないで、これより減額の認定をしたことは正当であるが、その利率を日歩五銭としたのは証拠の証明力及び推計の方法を無視したものである。

原判決は、右認定の証拠を他の証拠と区分して掲記していないが、原判決掲記の証拠中右認定の証拠としては次のものが考えられる。

(1) 第六回公判調書中の証人神谷利夫の供述部分

(2) 第八回公判調書中の証人安田望の供述部分

(3) 第一一回および第一五回公判調書中の証人神谷和美の供述部分

(4) 被告人の検察官に対する供述調書(昭和四七年九月二九日付第五項)

(5) 被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書(昭和四七年二月一三日付第二問答の(九))

右のうちのどの証拠をとってみても、北木工(株)からの利息割引料収入が原判決認定の日歩五銭をもって確定できることを内容とするものはなく、通常の場合、月一歩(日歩換算三銭三厘)短期の場合、月一歩五厘(日歩換算五銭)という内容のものであるから、右証拠に表われた数値の最高位を採用して推計する原判決の認定は合理的でなく、この場合単純平均を採用するのが妥当であると考えられ、これを採用した場合、日歩四銭一厘五毛となるので、北木工(株)からの利息割引料収入を右利率によって計算すると、

〈省略〉

即ち五二八、二九五円となる。

原判決が事実認定の用に供した証拠に表われた数字によれば、弁護人が原審で主張した三三八、八一〇円までは認められないとしても、右に述べた推計方法により少なくとも前記五二八、二九五円まで減額するのが相当である。

(四) 成光住建(株)からの利息割引料収入について

原判決は、成光住建株式会社からの利息割引料収入について検察官の主張額一、〇九九、一〇〇円をそのまま認容しており、右認定の証拠を他の証拠と区分して掲記していないが、右認定の証拠としては次のものが考えられる。

(1) 田那辺道男(昭和四七年一月二七日付)確認書

(2) 被告人の検察官に対する供述調書

(3) 被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書

ところが右のうち、(1)の田那辺道男の確認書は、原審第三回公判期日(昭和四八年七月二日)において弁護人の不同意により検察官がこれを撤回し、右書証に代えて田那辺道男が証人として喚問されることになり、第四回公判期日(昭和四八年九月二八日)において同証人の尋問に際して、検察官が証人にこれを示して尋問することにつき、弁護人が了承したに過ぎないものであるから、右確認書は独立の証拠能力を有するものではなく、証言の一部を形成するものである。弁護人は本件のような複雑な数表を扱う事件においてはかような方法によって審理の円滑迅速が期せられることを配慮して了承したものである。

田那辺道男の証言によれば、右確認書は河上他代査察官が作って、しかもこれを田那辺に浄書させたもので、内容についてもわからないまま肯定したり返答したりした部分があるというのであるから、形式的にも実質的にもこれに独立の証拠能力を認めることはできないものである。

従って、原判決がこれを独立の証拠として標目に掲げこれを証拠として事実を認定したのは、法律の解釈を誤りもって事実を誤認したものである。

被告人の当期における利息受領金は次のとおりである。

昭和四四年中

(1) 昭和四四年一二月一〇日 一五〇、〇〇〇円

(2) 一〇月二一日 一三二、〇〇〇円

(3) 八月二一日 四〇、〇〇〇円

(4) 九月一〇日 一六五、〇〇〇円

(5) 一〇月九日 一六〇、〇〇〇円

(6) 一〇月四日 一七三、五〇〇円

(7) 八月一六日 二五、〇〇〇円

(8) 一月九日 六〇、〇〇〇円

(9) 二月八日 五七、五〇〇円

(10) 三月二〇日 五五、〇〇〇円

(11) 昭和四四年 五月九日 四、五〇〇円

(12) 五月一三日 一〇、〇〇〇円

(13) 五月一九日 四、五〇〇円

(14) 五月一九日 四〇、五〇〇円

(15) 六月九日 一〇、〇〇〇円

(16) 六月一九日 六、六〇〇円

(17) 七月八日 五、〇〇〇円

合計 一、〇九九、一〇〇円

2 判示第二関係(昭和四五年分)

(一) 原審における検察官主張額、弁護人主張額及び原判決認定額を比較すると次の表のとおりである。なお、当期についても原判決が別紙として添付している貸金利息収入計算書には貸付先の表示が欠けているが、その内容から北木工(株)のものと推定して次の表を作ってみた。

検察官主張額 弁護人主張額 原判決認定額

北木工(株) 三、〇六二、〇〇〇円 五九三、八三〇円 九八二、八〇〇円

成光住建(株) 八、一七五、六〇〇円 五、六八四、六〇〇円 八、一七五、六〇〇円

その他 二、三六七、五八四円 二、三六七、五八四円 二、三六七、五八四円

合計 一三、六〇五、一八四円 八、六四六、〇一四円 一一、五二五、九八四円

(二) 原判決は右のとおり、検察官主張額のうち、北木工(株)からの利息割引料収入について日歩五銭まで減額しただけで、成光住建(株)からの利息割引料収入についてはそのままこれを認容した。

しかし右認定はいずれも誤っている。

(三) 北木工(株)からの利息割引料収入について

原判決が、北木工(株)からの利息割引料収入が検察官主張の三、〇六二、〇〇〇円を認めないで、これより減額の認定をなしたことは正当であるが、その利率を日歩五銭としたのは推計の理論を無視したものである。その理由は前期に関する項(第一の二の1の(三))で述べたとおりであって、当期分についても各証拠に表われた数値の単純平均を採用して計算すると

〈省略〉

即ち八一五、七二四円となり、弁護人が原審で主張した五九三、八三〇円までは認められないとしても、少なくとも右の八一五、七二四円まで減額するのが相当である。

(四) 成光住建(株)からの利息割引料収入について

当期に関する原判決の事実誤認の理由は、前記第一点二の1の(四)のとおりである。

なお、被告人の当期における利息受領金は次のとおりである。

昭和四五年中

(1) 昭和四五年 三月五日 一〇〇、〇〇〇円

(2) 三月二一日 六一、六〇〇円

(3) 五月一六日 一、〇〇〇、〇〇〇円

(4) 六月一五日 六〇〇、〇〇〇円

(5) 七月三〇日 五〇〇、〇〇〇円

(6) 昭和四五年 八月二五日 五〇〇、〇〇〇円

(7) 四月二一日 五五、〇〇〇円

(8) 七月二三日 一〇五、〇〇〇円

(9) 七月二三日 六二〇、〇〇〇円

(10) 一〇月二三日 六二〇、〇〇〇円

(11) 八月五日 三〇、〇〇〇円

(12) 八月五日 三〇、〇〇〇円

(13) 九月七日 二四、〇〇〇円

(14) 九月八日 一〇四、〇〇〇円

(15) 九月二一日 一〇〇、〇〇〇円

(16) 一〇月二一日 五〇、〇〇〇円

(17) 一二月一〇日 六〇〇、〇〇〇円

(18) 一二月七日 一六〇、〇〇〇円

(19) 五月一一日 五、〇〇〇円

(20) 六月一〇日 一〇、〇〇〇円

(21) 七月一〇日 五六、〇〇〇円

(22) 九月二日 一〇、〇〇〇円

(23) 九月九日 五、〇〇〇円

(24) 一〇月九日 五、〇〇〇円

(25) 昭和四五年一〇月三一日 五、〇〇〇円

(26) 二月二一日 四〇、〇〇〇円

(27) 一月一〇日 一四九、〇〇〇円

(28) 二月一〇日 一四〇、〇〇〇円

合計 五、六八四、六〇〇円

三、貸倒損失

1 原審における貸倒損失に関する主張及び原判決の認定は次のとおりである。

昭和四四年 昭和四五年

検察官 六七、四八五、〇〇〇円 九、九五四、六四九円

弁護人 六七、四八五、〇〇〇円 九、九五四、六四九円

外二、〇四〇、〇〇〇円 外三一、二五一、〇〇〇円

原判決 六七、四八五、〇〇〇円 九、九五四、六四九円

原判決は結局において。弁護人が原審において主張立証した分を全然認めないばかりか、これを認めない理由を説示していないのである。

そこで右の点につき弁護人は、原審における弁論要旨のうち四の2を援用するとともにさらに次に敷衍する。

2 原審に提出した約束手形一九通の現物は、被告人が虻川正名から借受けようとしたが、同人は一旦債権放棄を受けたものを被告人に渡すことについて危険を感じて峻拒したので、被告人はせめてコピーだけでもほしいと申し入れて漸くこれを入手したのである。

ところが弁護人は、現物を法廷に提出することが望ましいと考え、虻川正名に直接会って懇請することとし、昭和四九年九月一四日と、同月二一日の二回に亘って法律事務所に来てもらって詳細に事情を聴取した上、その際、立証の必要性を説明し弁護人において責任をもって借受け返却する確約のもとに、合計一九通の約束手形の現物を借受け、預り証を発行した。

而して右手形の現物は昭和五〇年七月一七日、原審法廷において提出し領置の手続がとられたものである。

(符第二二号ないし第四〇号)

3 原審で取調べられた約束手形一九通は、いずれも被告人がダイモク工業株式会社代表取締役虻川正名から割引依頼を受けこれを所持していたもので、各支払期日においてその振出人及び裏書人が倒産もしくは所在不明であって、債権の取立が不能となったから、被告人は虻川正名よりその都度極めて少額の内入弁済を受け、残債権額ならびにこれを放棄する旨を手形面に記載して同人に返還したものであるから、これらが貸倒損失と認定されるのは当然といわねばならない。

四、不動産所得における減価償却

1 減価償却対象物件

(一) 大阪市浪速区稲荷町二丁目九六五番地の四家屋番号五〇八

軽量鉄骨造スレート葺二階建店舗及び事務所兼倉庫

三九二・八八平方米

右物件の取得価格につき、原判決は、被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書(昭和四七年二月八日付・第四問答)によって七〇〇万円と認定している。

しかしながら、原審で取調べられた領収証によれば、

昭和三九年六月三〇日 二四〇万円(基礎工事約八二坪)

同年 八月二〇日 四〇〇万円(延建坪一三〇坪着手金)

同年 一〇月三一日 五六〇万円(延一三坪残金)

昭和四二年六月三〇日 二五〇万円(二階建事務所改造及内装工事及一階居宅工事)

合計 一、四五〇万円

の支払がなされたことが明らかであって、これが真実の取得価格である。

右物件の評価証明書によれば、床面積三九二・八八平方米(約一一九坪)で、昭和四四年の評価額は五、〇七二、一〇〇円となっていることに鑑みれば、その取得価格が一、四五〇万円とみるのが相当であり、被告人が大蔵事務官に対しありのままを答えると、北木工(株)や神谷利夫・吉田に迷惑をかけることを慮って、少なめに供供した七〇〇万円をもって取得価格とすることは、物件の価値・供述の評価の点からみて著しく経験則に反する。

(二) 大阪市浪速区稲荷町九六五番地の六 家屋番号四九七

木造スレート葺平家建倉庫兼工場

一九五平方米

右物件の取得価格につき、原判決は前記質問顛末書によって一七〇万円と認定している。

しかしながら、原審で取調べられた領収証によれば、

昭和四〇年 八月五日 一五〇万円(基礎工事)

同年 九月三〇日 三五〇万円(改造工事)

昭和四一年一一月三〇日 二三〇万円(基礎改造工場補強工事・合掌組替工事)

昭和四二年 三月二五日 二七〇万円(基礎改造工場補強工事残金)

合計 一、〇〇〇万円

の支払がなされたことが明らかである。

なお右領収証は、いずれも改造・補強・合掌組替工事に関するもので、被告人の供述によれば、もとからあった本体の取得については昭和三九年一一月五日頃(弁七号登記簿に記載された売買の日)四五〇万円を支払っているというのである。

従って右物件の取得価格は合計一、四五〇万円である。

右物件の評価証明書によれば、床面積一九五平方米で、昭和四四年の評価額は八七万二千円となっていることに鑑みれば原判決の認定による取得価格一七〇万円はあまりにも低きに失する。

(三) 大阪市東住吉区駒川町二丁目二四番地の五 家屋番号一二三の五

木造瓦葺二階建店舗兼居宅

一一四・六五平方米

右物件の取得価格につき、原判決は前記質問填末書によって二四〇万円と認定している。

しかしながら、原審で取調べられた領収証によれば

昭和四〇年一一月六日 八〇万円(一階二階改造工事)

同年 一二月二八日 一五五万円(店舗増築約八坪内装工事一切)

合計 二三五万円

の支払がなされたことが明らかである。

なお右領収証は、改造工事増築工事に関するものであって被告人の供述によれば、もとからあった本件の取得については昭和三四年三月二六日頃(弁一三号登記簿に記載された売買の日)二五〇万円を支払っているというのである。

従って右物件の取得価格は四八五万円である。

右増改築がなされた事実は、弁一三号の登記簿によれば、

壱階 四一・三二平方米

弐階 二七・一〇平方米

合計 六八・四二平方米

であるのに、評価証明書(弁一四号)では一一四・六五平方米となっていることによって明白であって、原判決がこれらを無視して被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書のみによって取得価格を認定したのは誤りである。

(四) 大阪市西区南堀江通二丁目二七番地(未登記)

軽量鉄骨造亜鉛鋼板葺平家建工場

二〇〇・〇八平方米

右物件の取得価格につき、原判決は前記質問顛末書によって四五〇万円と認定している。

しかしながら、原審で取調べられた領収証によれば、

昭和四一年 六月二一日 二七五万円(基礎工事代金)

同年 九月三〇日 一六七万円(地下埋立基礎工事七一坪((地盤沈下)))

同年 一二月二五日 四九〇万円(鉄骨工場七一坪建築代金)

合計 九三二万円

の支払がなされたことが明らかであって、これが真実の取得価格である。

右物件は、軽量鉄骨造亜鉛鋼板葺平家建の建坪三〇〇・〇八平方米の工場であるから、基礎工事をも含めると原判決認定の取得価格四五〇万円は低きに失し、本体の建築代金にも満たないものである。

(五) 大阪市西区堀江通二丁目二八番地 家屋番号二八

木造瓦葺二階建店舗兼居宅

一一二・九九平方米

右物件の取得価格につき、原判決は前記質問顛末書によって一六八万円と認定している。

なお右物件については、国税査察官も検察官も減価償却の対象としてとりあげていないが、所得税法三七条・四九条を無視してこれを対象から外した理由は不明である。

而して、原審で取調べられた領収証によれば、

昭和四〇年五月三一日 一〇〇万円(改造工事約三二坪着手金)

同年 七月一〇日 九五万円(改造工事-内装工事も含む)

昭和四二年二月二五日 一五〇万円(一階約一八坪店舗改造及内装工事)

合計 三四五万円

の支払がなされたことが明らかである。

なお右領収証は、改造工事・内装工事に関するものであって、被告人の供述によれば、もとからあった本体の取得については、昭和三四年二月一七日頃(弁二一号登記簿に記載された売買の日)一三〇万円を支払っているというのである。

従って右物件の取得価格は四七五万円である。

右改造工事・内装工事がなされた事実は、弁二一号の登記簿によれば、

壱階 五六・九二平方米

弐階 参壱・四八平方米

合計 八八・四〇平方米

であるのに評価証明書(弁二二号)では、一一二・九九平方米となっていることによって明白であって、原判決がこれを無視して被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書によってのみ取得価格を認定したのは誤りである。

2 減価償却費

前述の1の(一)ないし(五)の物件が減価償却対象物件であることは原判決も認めることろである。

しかしながら、原判決はその取得価格の認定を誤っているので、ひいては減価償却費についても誤った結果を招来しているのである。

而して減価償却費の額は、原審において弁護人が陳述した昭和四八年一〇月二四日付減価償却費に関する主張補充と題する書面二の(二)記載のとおり

昭和四四年分(訴因第一関係) 二、四三二、三四〇円

昭和四五年分(訴因第二関係) 二、四三二、三四〇円

と認定さるべきものと考える。

3 領収証について

原審において、検察官は前記各領収証は偽造である旨主張され、原判決は右領収証によって立証せんとする弁護人の減価償却に関する主張を排斥しているだけで、偽造か否かの判断がなされていないので、この点についても十分なる御検討を賜りたい。

五、以上のとおり原判決は利息割引料収入・貸倒金損失・不動産所得における減価償却の諸点において事実の誤認があり、右誤認は直接犯則所得額につき多額の増加を生ぜしめているものであるから判決に影響を及ぼすべきものであることは明らかである。

第二点 原判決の刑の量定は重きに失し、不当である。

(刑訴法三八一条)

一、原判決は第一点の一掲記の罪となるべき事実を認定したうえ、被告人を懲役一年(執行猶予三年)及び罰金一、八〇〇万円に処したが、右量刑は以下述べる諸理由により重きに失するものである。

二、理由

1 被告人は、本件起訴対象年度二年間の所得合計を一二六、〇八五、一〇四円と更正され、右更正により国税地方税合わせて一四二、九四二、三九〇円の納付を命ぜられ完納しているのである。

即ち、二年間の利得は全部召し上げられたばかりか、過去の蓄積の中から一六、八五七、二八六円という多額の金員を追加しなおかつ本件によって懲役刑の汚名に加えて一、八〇〇万円もの罰金を納めなければならないということは、あまりにも苛酷といわなければならない。

もし、被告人の事業が法人によってなされており、同額の法人所得の秘匿であったとしたら遙かにほ脱税額は少額でありこれに基いてなされる重加算税延滞金等も必然的に少額となり、また刑事事件における罰金もそれにつれて低くなるわけである。所得税が累進課税であるため、同じ直税の違反事件でありながら、法人税法のほ脱と所得税法のほ脱との間に課税面ならびに科刑面において大きな不均衡が生じているのである。

勿論これに対し法人税の場合は、脱税による不正利得が法人に帰属するものであり、所得税の場合は、不正利得が個入に帰属するものであるから、右のような不均衡は当然であるという説明がなされるだろうが、査察事件として取上げられる殆どすべての法人は同族会社もしくはこれに近いものであって、国税局調査部の調査対象となっている大企業の場合には新聞紙上で報ずるような十数億円にも及ぶような脱漏があっても査察事件として取上げられた類例が存在しないので、中小企業家の階層におけるほ脱事犯において、個人企業の場合と法人企業の場合との不均衡の問題は、その範囲において議論として取上げられる余地が十分に存するものと考える。

2 被告人は前科なく、本件脱税行為については十分の反省改悟をなしているものである。

被告人は前記のような多額の課税によって、脱税に対する厳しさを十二分に味わっており、今後これを繰り返すようなことは絶対にない。

直税の違反事件について懲役刑が科せられるようになったのは、戦後の立法によるものであって、前科もなく十分な反省によって再犯のおそれのない被告人に対しこれに多額の罰金刑を併科することは、他の刑事罰と比較した場合異様の感を免れない。まして他の一般刑事事件が、すべて捜査事件送致義務の原則に従って司法警察員から送致されるに比べて、直税事件においては右の原則が適用されず告発・不告発が専ら行政機関たる課税庁の裁量に委ねられている現状に鑑みると、原判決のような多額の罰金刑を科するとすれば、それだけでも十分に刑罰の目的を達するものであり、前科もなく、再犯のおそれもなく、相当の社会的地位を有するこの種事件の被告人達に対しては、むしろ懲役刑の併科を見合わせその自尊心・名誉心を損わせないことは刑政の上からも望ましいことである。

3 被告人は白内障手術の結果が思わしからず、視力が著しく減退し、従来のような事業活動ができない状態に陥っている。

4 そのうえ本件は事実関係において、第一点で述べたような事実誤認があり、この点においても原判決の量定は是正されなければならない。

以上の諸事由により原判決を破棄し、さらに相当の御裁判を仰ぎたく本件控訴に及んだ次第である。

以上

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